マツノヤ人文学研究所

独断と臆見による人文学研究と時評

伝説リバイバル考:お菊・皿屋敷伝説

中世・近世の伝説は古代神話のリバイバルであるという仮説のもと、お菊さんで知られる皿屋敷伝説と、菊理媛≒白山明神の関係を夢想してみる。とんでもな推論かもしれないが。

 

中世の皿屋敷伝説の初見には、皿もお菊の名前も出てこず、鮑の盃、それも五枚のみだったと聞く。この伝承は中世の時点ではかなり実話に近かったのではないかと思う。しかし口承にて伝播することによって、現在のわれわれが重視するようなリアリティではなく、その言語的な呪術性、シンボリズムが強調されることとなった。音が似た句を連続させることで、伝達の便をはかることもそうだが、おそらく似た名の神仏との結びつきを借り連想させることで、後代に伝承されやすくなるためであったのではないか。

 

 「菊(きく、くく)」という下女が、水に潜(くぐ)る、または首を縊(くく)る。そうして夜な夜な九(く)まで皿を数え、屋敷のものを苦しめる。最後は僧による十の声を聞く(きく)ことで怪異が止む。この中世までの説話に付け加えられた「きく、くく」の連想は、イザナギイザナミを黄泉で仲立ちした括りの神の性質をもつ菊理媛を思い起こさせる。なぜ黄泉で和合をとりもったかは、重陽節句(九九、くく)、菊慈童伝説系統のような長寿、医薬の象徴としての菊花も重ね合わせられているのだと思う。お菊を祭る十二所神社は医薬神としての大国主よもぎの伝説にかかわっている。

 

この皿屋敷の話に仮託された地名、「番町、播州」と白山信仰の関係は、番町と日枝神社(から連想しうる比叡山と白山妙理権現)があるかもしれないし、北陸と播州の交流から証することができるかもしれない。ただ、神仏習合時代のプロパガンダ的説話が散逸してしまった現代においては、再構するのはきわめて難しい。

 

 このような仮説を考える。古代より播州と北陸の交易路に脈々と伝わってきた医薬神、和合神信仰が、巫女や修験者(いわば聖職者と芸能者のはざまの人びと)によって語り伝え、演じられてきた。彼らが中世動乱期にあたって、家の栄枯盛衰を伝える「皿屋敷」原話(元々はかなり不道徳だったかもしれない)に目をつけ、菊、潜る、縊る、九などを盛り込んだ説話を作り上げた。それが江戸期に文書化されるにあたり、具体的に番町や播州の、誰々の武家の話というふうな尾ひれをつけて「リバイバル」を遂げた、と。古人たちも都市伝説と同じような具象化によって、怪談なり笑話を作り上げていったのではなかろうか。

 

姫路城の刑部姫の話も、これに似たような聖職的芸能者がかかわっていると思う。ほかにもリバイバルの典型として天神と道真、弁慶・義経大国主・少彦名についても別稿で扱いたい。