マツノヤひと・もよう学研究所

独断と臆見による人文学研究と時評

辰砂説話の東西

 辰砂(水銀朱)にまつわる技術の歴史は、シンボリズムの歴史と言い換えることができる――農耕文明において、金鍍金技術に必要な水銀は、金銀で飾られた聖地、神々といった信仰の対象のために必須であった。さらに、朱の耐腐食性、不老長寿の効能から薬、顔料としての役割も担っていた。水銀公害が問題化して以降はタブーとなってしまい、研究、そしてその成果の総合が進んでいない分野である。

 

 しかしながら、鉱山師、鍛冶師たちは、農耕社会の「部外者」とまで見なされていた。時代が下った中世ヨーロッパ都市では、騒音や水質汚染などで鍛冶師と市民の諍いが起こっている。平地は農耕のために利用されるべきであり、かれらが集住するところとしては、河岸や丘陵といった僻地の境界くらいしか残されていなかっただろう。

 

 そこで彼らは、芸能者として王を模倣し、その「復活と再生」を演出することで王権との結びつきを強め、さまざまな「特権」を得ていった。八幡宮神功皇后説話や、天満宮菅原道真公などは、その母体である宇佐氏や土師(とくに菅原)氏に伝わる「原-辰砂信仰」と、そうした特権にかかわる、特定の人物の伝記が結びついた結果の産物であると考えられる。朱砂の産地である鉱山や河川から、消費地である都市や神域への往来が先にあったのだ。来訪するノマドとしての、または定住する都市民としての起源の「示威行動」として、「芸能」が重んぜられた。

 

 御霊信仰は、鉱山師、鍛冶師に端を発したと思われる寺社お抱えの商工業者が、世俗化――ある種の政治的自立を勝ち取るまでの過程と捉えることができる。役行者や天神、八幡といった信仰を山鉾の上で「再生」しながら、特権を誇示するために街を練り歩く。山鉾は金銀にメッキされており、まさに特権で守られるべき「技術」を、そこに体現していたのだ。

 

 特権の起源という点では、三種の神器、あるいはそれに類似するスキタイやケルトの神話なども、こうしたメッキ技術の喧伝のためにあったのかもしれない。酸化鉄の赤土と、辰砂の丹土は、王権の軍事力を左右する資源であった。

 

 硫黄と水銀は、しかしながら、東西でその男女の割り当てが異なっている。西欧の錬金術は、硫黄を男性、水銀を女性とする。インドでは水銀がシヴァのリンガを、硫黄がパールヴァティヨーニを示す。わたしはこれを、冥界を司る神格によるのではないか?と考えている。日本ではイザナミが硫黄と、イザナギが水銀と結びつけられていたと仮説づけている。太陽神アマテラスは金であり、月神ツクヨミは銀である。そして出雲の土着神であると考えられるスサノオは「辰砂」、その呪術的後継者であるオオクニヌシは「鉄」の神である。国津神天津神への国譲りは、金銀によるメッキの工程をシンボライズしたものではないか。

 

 真言密教の伝来、もしくはそれ以前から、呪術的な僧侶たちは日本の神々をそう付会し、古史古伝を紡いでいったのだ。それはシルクロードを経由したオリエントから、またはインド近辺の大仏造営文化から流入したものだろう。農耕民を東大寺の大仏造営に使役するとき、農耕民に伝わっていた神話を改変することで、メッキ技術の伝達に利用していたのだろうと考えられる。土師氏と縁が深かった(菅原寺で没した)行基、セックス・スキャンダルが先行しているが、陰陽理論の導入に功績があったとされる道鏡宇佐八幡宮の法蓮、金鐘行者として綽名される東大寺別当の良弁、そしてかれら呪術者的な僧侶の集大成としての空海など、おおくの人間が関わっている。愛欲や再生などのモチーフは、逸話を語る口碑としての「芸能祭祀」と表裏一体となりながら、こうした技術を伝えていったのではないか。真言立川流――南朝とのかかわりを噂され、髑髏本尊を祀る「彼の法」集団と同一視された真言宗の流派――は、少なからずこの記憶をとどめていたに違いない。

 

 西洋では、こうしたアマルガム技術は「元素論」や「哲学」としてとらえられ、錬金術による化学の発展につながった。ミトラス神やエレウシス、キュベレーなどの密儀もまた、こうした知識の伝承に一役買ったのだろう。ローマの下級兵士に信仰されたといわれるミトラス神は、太陽を不滅の軍神としてあがめるものであったといわれる。

 

 私はミトラス教を、鍛冶師や鉱山師などの流動的なアウトサイダーが担った「芸能」であったのではないか、と考えている。錫杖、烙印、鎌、ハサミ、たいまつなどのモチーフは、山伏――古代中世において武士と不可分であった――を思わせる。ペルシアやゲルマニアとの戦役において、兵站屯田兵、鉱山の資源確保のためにこうした知識が必要だったのだろう。ミトラス教はペルシアを介して流入し、正倉院の伎楽面はミトラスの位階に分類することができる、とも言われる。

 

 ひょっとすると神仏習合の時代を通じ、舞楽や神楽、能楽、かぶきまでにもこの位階は根付いているのではないだろうか。

 

 

 日本……鉱山から古墳へ

 

 中国……昇仙のシンボリズム

 西王母伝説……穆王、武帝

 伏羲と女媧

 「抱朴子」

 

 インド……密教

 

 オリエント、ギリシア、ローマ……錬金術