マツノヤ人文学研究所

独断と臆見による人文学研究と時評

文化圏研究叙説

 歴史研究は時代の鏡である。研究者は周囲の環境から何かしら影響を受け、みずからの研究が歴史という大河に「一石を投じる」「波紋を広げる」ことを願う――世の中の関心に少しでも寄与できるように、みずからの得た知をフィードバックしようとする。

 

 しかしながら、多くの場合、それは一時的に水面を揺らめかせるにすぎない。専門的な知識に踏み込むと、世間一般で信ぜられている通説からはかけ離れ、限られた仲間うちにしか理解されないものになってしまう。また、発想の独創の度が過ぎたり、研究者自身の死によって、顧みられなくなってしまった研究も数多く存在する(私は趣味の古書蒐集を通じて、そのような研究を多く見てきた)。

 

 この半年間、西洋の「錬金術」と、東洋の「煉丹術」の関係について考察してきた。通説では、「硫化水銀(賢者の石、丹砂、朱)」を用いる以外に、これらの間に直接的な関係をたどることはむずかしいとされている。西洋ではおもに金の錬成について、東洋では超人的な延命についての知とされ、興味関心が根本的にことなるのだ。そのため、両者の文献を容易に比較できる環境下においても、踏み入った比較がなされず、空想の世界と捉えられ、数多の創作の題材となってきた。

 

 しかるに、東洋と西洋を隔てる壁はそれほど高くないことは、他領域の学識を参照すると明らかとなる。ヘレニズムを通じて塑像の様式が伝播したり、弥勒仏とミトラス神の関係や、数々の神話、民話の類型については、多くの著作がそれを立証している。これらの文学的な共時性、通時性については、通例精神医学的なアプローチや、「世界神話学説」のように、遺伝子レベルの伝播を推定することがある。

 

 私は、はっきり言うと、これらは「なぜ発生したか」「なぜ伝播したか」を解明することは可能であっても、「なぜ広域に伝達され、長期にわたり伝承されてきたか」を考察したことにはならないと考える。これらが「まことしやか」に信じられるには、信ずるに足るだけの、ともに伝わってきたセットとなる「何もの」かがあったと考えるべきである。そしてそれは、一見文字による文化(「教育」「教化」をふくむ)と同一の経歴をたどってきたものであっても、それらとは対立する価値観、文化をもった圏域を展開していたと思われるのだ。「錬金術」にまとわりつく悪魔的なイメージ、「煉丹術」にこびりつくアウトロー、狂気は、ひとえにそれに起因する。

 

 わたしは、「文字社会により管理、排除すべき何ものか」が、「硫化水銀」をめぐる技術にあったのではないか、と考えた。「硫化水銀」と金を融かしアマルガムを作ることで、金メッキを施すことができる。また「硫化水銀」の薬効や耐腐食性から、古人は長寿をめざしさかんに服用し、死後にはミイラや即身仏にも利用された。墳墓や衣服の彩色にも活用されている。こうして活用されるには、もちろん水銀朱(それと金属)を採掘、精製、輸送、そして消費するだけの知識が、たとえば口承によって共有されてきたのではないか、と考えるに至る。それは、「文字社会」を支え、また管理されてきた農耕技術と同じく、海を越え、山を越え、さまざまな混淆を経て共有されてきた知であろう。

 

 そこでわたしは、従来ナショナリズム民族主義、個人の天稟に帰せられてきた「歌謡」「物語」の発生とこの「丹砂」をめぐる技術、交易の経路が、似ていることに気づいた。万葉集の編纂と水銀の一大消費イベントである大仏の造営、そして鉱山師と見なされる僧侶たちの活動時期がそれに前後することが、その発想の源となった。

 

 この白鳳天平時代は、ペルシア、唐、新羅との一大交易の時代でもあり、インドや東南アジアの仏教文化、そして遠く「異国」のゾロアスター教、ミトラス教、マニ教キリスト教も、伎楽などを通じ、我われが考える以上に身近にあった時代でもある。古代オリエント占星術グノーシス主義、ヘレニズムは、北の山脈やステップ、南のインド洋や紅海などの交易路を通じ、ローカライズやシンクレティスムを着実に果たしていったと想像するに足る。

 

 少しあとの時代には、空海がインド密教の「水銀」技術を携え、造営中の平安京、東寺で活躍し、丹生津姫や狩場明神が住まっていた高野山の地を開基することとなる。平城京や大仏の造営に協力した鉱山師たちの水銀技術を背景に定着していった。しかしそれはけっして平坦な道のりではない。古墳や祭祀で朱を用いてきた大神氏や秦氏、土師氏(大江氏や菅原氏の祖)などとの軋轢は歴史の随所に観られる。

 

 藤原氏の権勢により排斥され、真言僧により調伏されてきた「御霊」の存在は、いち政治家どうしのスキャンダルや迷信深い貴族の空想にとどまらず、文字通り「みこしを担ぐ」「山車を引く」集団の暴動、内乱の危機をつねに秘めていたといわねばならない。そうした時代のハイライト、菅原道真は土師氏の出である(陶器や埴輪に用いられるハニ、鉄を含んだ赤土と水銀朱は、おそらく似たようなところから出て来たのではないだろうか?また北野に祀った巫女は多治比文子である)。不具や死の禁忌を厭わない鍛冶師、半聖半俗の僧兵たち、語り物で周囲を教化する聖や芸能者たちは驚異であり、脅威でもあった。祇園祭や各所の曳山の絢爛な装飾は、そこに利用される水銀技術と古代の政治的な文脈の繋がりを思わせてならない。

 

 中世ヨーロッパにおいても、アラビアから遠くインド由来と目されてきた「アル=キミーア(黒い土地の術)」の展開は、ローマ以来の水銀鉱山の要衝であるカスティーリャで翻訳が行われた。地中海一体を風靡した「恋愛歌」の展開、「マリア崇拝」の讃美歌の展開、巡礼の流行と重なる。古代から伝承され、異域からも流入した「愛」の喧伝、地母神崇拝は、やがて粛正され、異端を許さぬ正統への固執へとつながることとなる。錬金術の流行もこの潮流と無関係ではなかろう。

 

 鉱山師や鍛冶師のもっていた知識が、弾圧によって、または古典への固執によって奇怪なイメージへと変貌するのはルネッサンスにおいてである。トスカーナにも水銀鉱山が存在し、水銀朱はフィレンツェの主要産業であった織物業とも無関係ではなかった。しかし新大陸の発見による金銀貨幣のインフレーション、宗教改革や政情不安は、聖人崇拝でまとまっていた鉱山師や織物業者に打撃をもたらし、賤民や異常者としての蔑視へと晒されるようになった。

 

 その一端が、「錬金術の異端視」「魔女狩り」として現れるようになったのではないか?と私は考えている。ヨーロッパ社会は、これらを裁判し、収容するシステムである政治文化、「脱宗教化」された水銀および鉱物の化学的特性の解明という科学文化、そしてそれらにまつわる伝承の民族的、民俗的な再解釈による文学研究と、古典を援用しながら、独自に近代を構築していった。

 

 もちろん、従来これらの領域で主流であった、「農耕文化」的な祭祀儀礼研究や神話類型学を排除するつもりはない。第一に、「錬金術的」「煉丹術的」な知が農耕社会を基とした文明において理解されるためには、「農耕的な」語彙を利用しなければならないだろう。鉱山師がホームグラウンドとするのは。農耕文化の資源であり境界であり信仰の対象である山や大河であり、鉱脈や川が蛇や百足のような「尾(ヲ)」をもつことは農耕文化と同様に捉えられていたのだろうと想像される。鉱脈は出水の危険を伴い、また水質の汚染や断層地震などの危険とも隣り合わせである。そうした畏れが泉の女神や祟り神への「神格化」をもたらしたと考えられる。

 

 精錬には時間を要するため占星術や天文の知識と連動しており、また金属は人間や家畜のように交接が行われ、胎内に「孕む」ものと考えられていた。生殖器崇拝は石臼や杵といった道具のアナロジーによっても補強されるだろう。

 

 おそらく、私がここで述べている考えはエリアーデをはじめとする先人たちが述べていることの焼き直しにすぎない。しかし、このグローバル社会とローカルな社会がともに自壊へと向かっている時代にこうした論を発表することは、世界大戦で崩壊しつつあった社会や学問の伝統に彼らの果たした寄与と同じく意義深いものとなるであろう。なにより最先端の技術に翻弄され、自らのアイデンティティを喪失しつつある人間が、古代の技術と文化の関係を学びをつうじ、これを自らの住まう地域の発展や投資に活かすことができるのではないか、と私はひそかに願っている次第である。

 

 この小論で語りきれなかった部分を含めて、ぜひ過去の記事を追っていただきたい。

 

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 研究の進捗としては、板橋倫行という学者が70年以上前から(「丹生の研究」松田壽男に先行する)万葉集奈良の大仏造営にともなう水銀利用の関係を考察していたことが判明した。また、宇佐八幡宮(大神氏)や近江石山寺・金勝寺(金勝氏)と東大寺別当良弁との関係に焦点を当てた清輔道生の研究を発見した。『ピカトリクス』や『立ち上る曙』など、大橋喜之氏の西洋錬金術関係の書籍の刊行が続いていることも、研究の深化を期待させる。

 一方で、米田良三の「九州仏寺大和簒奪説」といえる筑紫国造磐井反乱の研究については、畿内大宰府が相似的な構造をもって展開していたことに絞れば、魅力的な説に映る。

 竹取物語と鉱山師の関係については、金が「田華(たか・たから)」と呼ばれていたという説を目にし、四川地方の類話、万葉集の竹取翁説話と併せて、その淵源を探っていきたいと考えている(タカは高野、多賀から水銀の異称と考えてはいるのであるが)。

辰砂:文化と知識のネットワーク

空海と水銀、鍍金技術の関係

 丹生明神……水銀

 虚空蔵加持……黒雲母、ウナギのタブーと「ヲ」を持つ蛇のアナロジー

 

 尾張-美濃‐近江‐山城-丹後:辰砂文化圏と

 大和-葛城(生駒)-和泉-紀伊(熊野)-伊勢:辰砂文化圏との、

 平安期における統合

 

その前段階としての「文学」

 

古事記

 真言宗寺院に保存された、古代の鉱脈の歴史

 「ヲ」の思想…「ヲ」の霊である大蛇、「ヲ」の生えた人間

 オオクニヌシスクナヒコナ

 ヤマトタケル、白鳥伝説

 道教的な文脈、ペルシア、バビロニア神話との連関

 

日本霊異記」……著述した景戒は紀州の人で行基の門人?

 神仏習合にいたる道のり、神と仏の資源争奪戦

 目一つの鬼

 役行者

 

万葉集

 都市生活者と水銀文明、「煉丹」観

 真金ふく-丹生

 竹取翁伝説

 

地域……生産地である金鉱や水銀鉱から、消費地である宮都へ

 泉・川の女神と山の女神

 

 御霊信仰と山車(だんじり)……だんじりを丹散りと考える

 

 現在の山鉾にみられる山伏、道教崇拝の名残

 八幡宮天満宮信仰とハニ(赤土)……土師氏、丹治比氏と天神祭

 鉄(代赭、陶土)を含んだ土壌と、辰砂を産出する土地の両義性

 

 墳墓を中心とした聖地巡礼と、都市に来訪する芸能民

 農耕民と狩猟・商工・聖職・芸能などの特権との交点

  産業革命以前の未分化で拡張的な農業共同体

  漫才、傀儡、猿楽、舞楽(守屋毅)

  歌舞音曲と鍛冶のアナロジー……笛・太鼓はふいご、鉦打は精錬

  イメージ化される交代儀礼と宗教体験……かぶき、妖怪、鬼などの見世物へと変化(服部幸雄

 

 御所、離宮の拡張……鳥羽(桂川の採金地、交通要衝)白河(鴨川、高野川沿岸)

 

象徴に関する論考

 

神格

 イザナギ(タガの神、水銀に比定)とイザナミ(ユワの神、硫黄に比定)、西洋錬金術と逆

 もともと青銅、鐸(さなぎ)の神だった?

 スサノオ(朱砂の男?)

 

 稲荷……イネを負うと「ネ/ナ(金属)」を負う……ネ/ナは丹(二)とも同源かもしれない

 阿古とアカ……蚕(機織り)、卵(卵生伝説、宇宙卵)、小児(赤子)

 垢にまみれたものくさ太郎は多賀明神となる。光明皇后の施浴。

 

笹(湯立神事)・竹(タケルや建部、多賀……水銀と関係?)

 佐藤(百足退治の藤原秀郷)に次いで、高橋と佐々木が多いこともうなずける。

 古代・中世の鉱山(神域)とこれらの苗字が関連しているのではないか。

 英語圏にSchmidtとかSmith、フランス語圏にLefebvreが多いことからも類推

 

太陽と烏、月と兎

 道教的昇仙のイメージ

 太陽と烏はミトラス教(を介しギリシア・ローマ)、月と兎はインドと共通

 オリエント学を通じ「ミトラス教」インド学を通じ「インド」と認識された文化が「伝播」したのではなく、シルクロードや海洋の交易で発生した文化がそれぞれ「分化発展」したと考えるべきか?(井本英一)

 辰砂に込められた死者再生のイメージは、「煉丹」「賢者の石」に分化

 

十干十二支、二十八宿、北辰信仰

 陰陽五行説が農耕共同体において変化(吉野裕子

 かぐや姫五行説…火浣布(火)竜の首の玉(水)燕の子安貝(土)蓬莱の玉の枝(木)、仏の御石の鉢(金)……林久史(2015)「教育ノート 竹取物語錬金術

 

水の神、山の神

 廃坑からの出水、また川での選別作業など、水と切り離せない

 水商売……悪所での巫女、遊女とのあそび

 山姥の包丁、魔女の釜……東西問わず鬼神には鍛冶のイメージが付く?

 竜神崇拝……「辰(タツ)」と「辰砂」の混同が各所にみられる。

 清姫が竜に化し鐘ごと安珍を焼殺、竜神の住む淵に鐘を投げ入れると降雨などは、

 「雲が立つことの象徴としての竜」「鐘(大元は銅鐸?)鍍金のための水銀使用」

 などが複雑に絡み合い、農耕儀礼化したものと考えられる。(高谷重夫

 

性的なシンボル

 道祖神、石神、庚申崇拝

 歓喜天……リンガとヨーニ

 道鏡高野聖、「立川流」……民間聖職者による「性」の宗教的支配が、道徳へ

 古代の秘儀や錬金術における「結婚」のように、鉱物の変化を示す可能性

 穀霊的な神と巫女との「同衾」は、鍛冶的な文脈でも読み直せる

 

死者と聖人

 鍛冶は死者をタブーとしない……貴人の葬儀などに従事

 古墳などのまわりに集住?……死者を記憶、芸能の発生

  キリスト教なども同じ過程をたどったのではないか(古代信仰の聖人譚改変)

 「ケガレ」意識が広まると、神社は死を忌避し、分離しようとする

 ……神仏習合や神宮寺などによる分化、僧兵など半俗の兵力を蓄積

 巡礼による商工業の発達、鎌倉期に宗教運動の高まりでさらに分化(天台宗

 勧進などの芸能民化(真言宗)六斎念仏(浄土宗)

 

 農耕が商工業から切り離され、また「民衆」文化が農耕神話の延長として位置づけられることで、芸能と信仰の混淆状態(アマルガム)は埋没していった。辰砂の伝説も忘れ去られ、錬金術の奇怪なイメージが先行することになる。

 

 

言語:信用とあそび

 これの続き。

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 言語は「信じられていること」の体系である。それはちょうど貨幣や金券のように、その共同体の空間的「境界」と時間的「限度」を維持しながら表象され、やり取りされている。貨幣だと「信じられていること」は、貨幣だと「信じられているもの」を用いて、対等なモノやサービスを受けることのできる境界と限度をその額面のなかに表示する。貨幣は、より時間のかかる商取引や法などの言語によるシステムを端的に簡略化した事象であるといっても過言ではない。

 

 従来、言語は「記号」や「物語」という側面で、しかもどちらかと言えば信じられている「͡こと」よりも信じられている「もの」に主眼を置き分析されてきた。なにが「実在」か「虚構」か、あるいは「迷信」とか「狂気」とかいう思考の正常性を中心としたラベリングは、その代表的な手法である。そしてその基盤には、ある実在するものにはある発音可能な音声や意味といった「もの」が一対一で符合し、あらかじめ実在する国家や民族、職業集団などという事象下において異なる名付けが行われうる、という「常識」が前提する。

 

 「記号」、または「物語類型」という考え方は、まるで言語がミノムシのように偶然周囲の「もの」を寄り集めた集合体であるという思いなしを抱かせる。そして類語辞典や逐語的で拙い翻訳に代表されるような、ことばどうしの「もの」としての「代替可能性」を強めさせることとなる。

 

 「記号」という観点からすれば、医学的な臓器も、社会的なシステムも、古いものから新しいものへ同等に「代替可能」である――近現代はこの無批判で乱暴な論理展開によって、何人もの人間を死においやり、文化を消滅させてきた。その事象が「信じられてきたこと」としてかつて有してきた信用、宥(ゆる)してきた境界と限度を無視し、新しい事象へと取り換えた。結果、理想的な記号は実際の境界と限度にそぐわず、欠如が欲望を、欲望が発明を生み出すこととなった。そして、信用という「こと」を深く考察することなく、新奇な理念が事実として以前の事象に適合するかという、ある意味原始的な方法――意味とか意義とされるものをもって、信用なる「もの」の代用としたのである。

 

 意味や意義は、「流行(はやりすたり)」するものである。それは学問の領域にまで染みつき、かつて聖なるものが持っていた信用を、乱雑に記号化し拡散する。元が聖なるものなので仕方がないことなのだが、人びとはそれにわけもなく畏怖し、安定が必要だとして、復古を賞玩する。しかしそれも流行の裏返し、意味や意義の一側面にすぎない。

 

 学問のためには、あらためて言語の考察が必要である。とりわけ、信用について考えることは、言語がこれまで考えられてきたように直線的な時間の流れ、対立したり一致したりする点としての個々の視座ばかりでなく、「分岐すること」をその本性としていることへと思い至らせる。

 

 この「分岐」に鋭敏であるのは、伝統的な文語、雅語である。ことばが原始的な文学、歌物語から発生したその原初から、分岐が巧みに用いられてきた。

 

 歌謡は、マツリゴトという「信じられてきたこと」における、ものごとの価値を問う技巧である。名前を名乗らせ、あるいは名付け、行為を包み隠さずに暴露するという「あけすけ」な歌謡は、それが現実のあるがままのなりを表現するにおいて、しかしながら現実とは一部遊離した「仮構」を介している(これは古代からの修辞や、中世社会のシャリヴァリ、近代からのジャーナリズムにも通ずる)。

 

 一般名と固有名のはざまにおける婉曲表現は、敬意にも皮肉にもなりうる。また、行為の時間的経過や確信も、伝達される現場に居合わせていなければ、伝達者の意図に適う理解はされえない。そうした「あそび」を補うための「あそび」として、「もしも」という仮想や、「ならば」という条件、「まるで」という比喩など、「仮構」という形の分岐が歌謡に組み込まれている(英語ならば、WouldやCouldの用法と一致しよう)。そうした表現で古典的な素朴さ、アルカイックさが尊ばれるのは、現在を言い表すための一種の仮定的分岐を、もっとも効果的に「演ずる」ことばが古典的な文語、雅語であるからだ。

 

 そうして限られた集団内でのみ通用した言語が、より大きな共同体のうちで共有され、「信用」される現象は、ことばの形態が絶えず古び、変化していく「文法化」というプロセスとして認識されるであろう。学校での文法教育も、口語と伝統的な文法の比較を通じて、「矯正」ではなくこうした「ズレ」の考察に向いていれば、実り豊かなものとなるにちがいない。

 

 

 

韮と丹生(草稿)

 吉野裕子『陰陽五行と日本の天皇』の中に、中臣寿詞の解釈が出てくる。

 

 そこで問題とされているのが、天孫の統治に必要な「天津水」を得るために、秘義とされている「韮と竹叢」の意味である。玉櫛を占庭に挿し、祝詞を唱えると韮と竹が生えてきて、そこを井戸として湧き出る水が「天津水」なのだという。

 

 吉野は五行説の火金干合から、そして唐の『酉陽雑俎』から韮の伝承を引き、この記述を説明しようとした。

 

 「竹」が「高」ないし「多賀」という地名を経て、「辰砂」や「水銀」産地と関係があるのではないか、という愚考を前回述べた。「中臣寿詞」にも、「…大倭根子天皇が天つ御膳の長御膳の遠御膳と、赤丹のほにも聞こしめして…」と、丹の存在をほのめかしている節がある。「韮」も水銀関連の符丁では、と考えていると、以下の記事を発見した。

 

joho-kochi.or.jp

 

 韮とは、もともと一般名詞的な「根・菜(ネ、ナ)」であり、地中に埋まり、あるいは露出しているものを指していたのが、細分化された「ニラ(ヒル)」に象徴され、儀式に用いられるようになったのではないだろうか。しかし元々は丹(ニ)を念頭に置いた儀礼だったことが想像される。おそらくこれは汞(コウ、胡孔切、上)と薤(カイ、胡介切、去)という漢字のレベルで結びつけられていたのかもしれない(苦しいが)。

 

 私はそこに、穀霊やマレビトの行き来以前の祖先の転生観を見る。金属の精錬過程に、死者の再生が重ね合わされていたことは、鍛冶の神金屋子神が死の穢れを厭わなかったことに現れている。そしてそれは、実際に辰砂がミイラを作ったり、殺菌のために用いられることで、「不老不死」や「再生」というイメージを形成していったのだ。国の地下水の中に「天津水」を入れ、新たに即位する天皇の支配儀礼とするのは、大体このようなところから出て来たのではないだろうか(あるいは、全然根拠はないが、酒造の過程で発酵をコントロールしたり、色味の調整をするために実際に辰砂を入れたりしたのかもしれない。ローマでは質の悪い葡萄酒を発色させるのに鉛が用いられていた)。

 

 そして持統朝にはじまったとされるこの「寿詞」は、壬申の乱による不破関封鎖と、聖武天皇南宮大社における大仏建立の勅願(メッキに大量の辰砂が必要)などに象徴される、辰砂の時代をまさに体現する儀式だったのだ。

 

 「ニライカナイ」も、「丹生い金生い」する「根の国」が異界と捉えられていたことを伝承のうちにとどめている。それは、農耕社会が、漁撈民や狩猟民、鍛冶などとの交易や協働で成り立っていたことを考えさせられる。彼らがコミュニケーションを行い、共通の権威なり語りを生み出すためには、観念の複合――比喩や象徴が不可欠であった。

辰砂の社会文化史・試論――平城京と平安京を例として

 この記事は前の万葉歌謡史の補完のようなものである。

 

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 どの国のどの文化もほとんどは「伝統」「慣習」「古典教養」として農耕文化を基礎としている。ヘシオードスやウェルギリウスの農耕詩、中国の詩経、そして万葉集記紀の世界は、純朴な「農民」の精神を反映しているとみなされ、これらを基礎とした経済学や儒学国学に「回帰衝動」をうながすこととなった。

 

 資本家が商工業を自由に行い、貧富の格差が拡大することへの危惧、国家による経済の統制、軍事的伸長の達成といったアイデアの根源には、知識人が修辞として刷り込まれる教養が少なからず影響したと考えられる。

 

 しかしその「農耕文化」の想定されている範囲が問題だ。古典テキストや口承伝承が農耕を支える庶民、民衆の素朴な精神、心性と解釈されたのは深刻な誤謬と言わざるを得ない。もっと拗れた例としては、それはさらに王権が農民に強制した嘘、プロパガンダとしてこれらの言説を過剰に排除しようとする。近現代の史観や価値観、科学技術を中心に据えるあまり、テクストの伝える差別的な言説を合理化し、塗りつぶそうとする。

 

 コロナ禍でウイルスからの「隔離」が問題となったとき、「物忌み」が伝染病に対する正当な習慣だと評価する向きと、女性や外国人に向けた不当な差別として許されるべきでないと反論する向きがあった。またやすらい花など疫病退散を祈る祭祀が「初めて」中止になったことにたいして、神仏にすがるしかなく祭りを強行せざるを得なかった時代から、ウイルスが原因とわかるようになったことは進歩である、という論もあった。これらは過去との間に壁を設け、高踏的に眺める近現代人の賢しら、逆説的無知と言わざるを得ない。アメリカにおける人種や民族の「共存」においても、歴史を踏まえず感情に衝き動かされる論調が見られるが、知識人の設ける狭窄的な「障壁」を取り払わないかぎり、これらは議論のテーブル以前の言葉の石つぶてでしかない。

 

 近代は近代人、とりわけ大学人の考える「農業」の枠組みによって、流動的な商業、工業の従事者を異端視した。西洋中世における「賤民」、日本民俗学における「非常民」「まれびと」は、しばし同時代の浮浪者や犯罪、異国への警戒とも結びつけられる。教育という、国民国家や植民地支配のなかの正統意識の醸成と、古典教養とが密接に結びついていた時代においては、その異質性は憧憬と排除の間で極端に揺れ動くこととなった。シルクロードや南海を行き来した交易と、「日本固有」とされる神話や文化の形成のあいだには、「騎馬民族征服王朝」や「日ユ同祖論」という過激な説もあるが、おおむね日本国内、黄河・長江両流域や朝鮮半島といった東アジア間の影響が注目され、巨視的な東西交渉史は忌避されている。

 

 

 私がいま取り組んでいる「金属」と「東西文化交流史」の問題についても、同様の困難が存在する。奈良の大仏を金メッキした技術は、辰砂(朱砂、硫化水銀)の利用において、グローバルな知識の往来があったと考えられる。奈良において道教の煉丹術やペルシアを介してオリエント由来の錬金術などが共有され、のちにはインドの民間信仰を取り入れた密教空海が学ぶことによって、平安京遷都以降も技術の維持が企図されていたのではないだろうか。

 

 メッキの持つ宝飾や耐腐食、さらに水銀のもつ殺菌作用やミイラ化作用が、延命長寿、安産子育てといった現世利益と結びつけられ、技術が信仰へと変容していく(それは、ヨーロッパで錬金術がほかの金属から金を生み出す化学的なプロセスや、贋金を作り出す経済的な欺瞞と捉えられ、後発の化学や社会経済に影響をおよぼしたことと好対照である)。その代表が「壬生」という地名のもつ多義性にある。かつて辰砂を掘削した坑(丹生)から清水が湧き出し(水生)、そこに定着した氏族が皇子の傅育(御傅)を仰せつかる。水分(みくまり)は身ごもりや御子守りとも結び付けられ、壬と妊の連関によっても「理論武装」されていくのである。

 

 そうした先駆者となった寺社の周縁には農耕共同体や門前町が形成され、商工業や軍事もあらかじめ射程に入った「拡張的な」農耕社会が営まれることとなる。何昼夜も掛かる金属精錬のための「こよみ」や「風土」の選定は、後発的な農耕社会のルール、タブーによって説明が行われていく。吉野裕子の「陰陽五行説」による農村祭祀の説明は、一時的な辰砂や金銀銅鉄などの採鉱が行き詰ったあとの、祭祀の「維持」のための再解釈として妥当であったといえるだろう。

 

 古代末期から中世にかけての歌謡・説話文学の発展と神仏習合の伸長は、この拡張的な農耕社会を視野に入れて研究する必要がある(これは中国やインド、地中海地域においても同じである)。

 

 たとえば弓削道鏡と称徳女帝の卑猥な説話群は、西洋の類似の錬金術のように水銀と硫黄の「神秘的な結婚」を念頭に置かれたものではないかと私は考えている。水銀(たか=高野姫天皇)と硫黄(ゆわう=弓削、また靫の皮なめしには明礬が必要)の辰砂への錬成は、イザナギ=多賀とイザナミ=熊野(ゆや)の花の窟との交合が念頭にあった(イザナミが陰部を焼かれたのは、硫黄の発火現象と関係があるかもしれないし、イザナギが冥界から逃げおおせることができたのも、他地域の水銀の神が俊足で知られることと関連するかもしれない。また、古事記の最古の写本が大洲観音に存在することも一考の余地がある)。これらの多くはまた農耕の豊穣とも結び付けられる。のちに高野聖(火知り)が好色とはやされたのも、近代的なエロティシズムへの興味というよりは、技術を交合により説明する伝承があったことをうかがわせるものである。

 

 こうした金属系の地名からの類推(羽黒や丹生)は、しかしながら、単なる「高地」だったり、農耕祭祀由来の地名との混同の恐れもある。一口(いもあらい)の語源を鋳物師ではなく、斎み祓いとする論などがそうした危惧の現われである。それでも、祟る・祓う・忌むという農耕社会のタブーに関する意識が、タタラからススを払い、イモを作る工人たちの健康被害から類推されたと考えるならば、その境界は融解してしまうように思われる。また、京都の「高野」を例に取って言えば、高野川上流に弾誓上人の即身仏を祀る阿弥陀寺が存在したり、「赤の宮神社」として知られる賀茂波爾神社が鎮座することも踏まえて、辰砂関係の地名であると類推するに足ると思う。

 

 古墳内の朱塗りは、死をタブーとしない金屋子神の伝承と併せてこうした工人たちを葬礼に従事させたことを想像させる。他にもニウツヒメとミヅハノメの混同を通じ、「滝(タキ)」に住まう竜神への雨乞い、卑賤視された「竹細工」への従事も関連があるのではないか。「なよたけのかぐや姫」の竹取物語は、道教の丹薬や金銀細工など「よろづの事に使える」タカ採り物語だった可能性がある(それが雲南の説話との関連が指摘されるにしても)。

 

 貧賤で穢れ多いとされた工人たちは、仏像や朱塗りの鳥居を要する寺社と結びつきが強く、また鉱業が衰退すると暴徒となる危険性があったため、桓武天皇の遷都計画においてはとりわけ疎んじられた(おそらく平城京の戦乱や政変の兵力は寺社お抱えの武装工人だったのではないか)。

 

 しかしながら、平城京が頓挫したのち選ばれ、秦氏(弓月王=硫黄?)や賀茂氏(丹塗りの矢)、比叡山を越えて日吉の神人などが陣取っていた平安京の地は、もともと丹生の地であったため、寺社の進出はいやおうなしに進んでいった。右京の地の多くは古来の太秦、松尾に近く早期に放棄され(壬生の地があったのも影響しているか)町堂や貴族の私的な持仏堂、そして神仏習合の形で当初の寺院排除は反故にされていった(ここら辺の説は桃崎有一郎の影響下にある)。朝廷のコントロールに服しない寺社の私兵的な工人の増加は、たとえばシダラ神や牛頭天王の御霊の流行や、下って僧兵の嗷訴などの形で朝廷貴族を悩ませることとなった。

 

 源氏や平氏といった賜姓皇族の棟梁を頂点とした武士(もののふ)の結集は、境域の動乱を鎮圧するだけでなく、さまざまな商工業に従事した寺社の「傭兵」を朝廷側に取り込む企てだったのかもしれない(筆者はここに、イベリア半島レコンキスタ期に、イスラームキリスト教諸侯の境域で雇われ人質などの紛争を解決した境域の人間のような営みがあったと想像している。また、馬や猿と関係が深いカッパは、非定住的な渡し守、山人、芸能者としての性格も持つ、こうした任務に従事する傭兵がモデルだったと考えている)。さらに、白河や鳥羽、宇治の別荘地における浄土信仰は、来世への夢想だけでなく、たとえば今でいう公共事業による雇用創出のような実際的な利益もあったに違いない。とくに天台宗は「鎌倉新仏教」と称されるさまざまな分派へと分裂し、身分階層ごとの信仰様式の分化という現象を引き起こす。

 

 こうした技術の名残は、朝廷の政治的影響力が弱まったのちも、室町時代にはじまる七福神信仰や、京都の路地にみられる地蔵、大日如来、稲荷、庚申信仰などに現れていると思う。福の神はおそらく元々金を「吹く」ために必要とされた神である(たとえば、毘沙門天密教との関係が深く、シンボルとされた百足は鉱脈と結びつけられる。エビスはイザナギイザナミの初子など)大日如来や稲荷は東寺、庚申信仰比叡山の真猿信仰と縁が深く、とくに各地に点在する「出世稲荷」「出世地蔵」の存在は、「朱砂」との関係性を疑わせる(および、スサノオ、スセリヒメを基とする出雲・オオクニヌシ系の信仰が関係しているのかもしれない)

 

 以上はざっくり今頭の中に浮かんでいる仮説を書き出したものである。中世にむけては、京都の貴族や寺社と、各地の荘園や豪族のネットワークがどう影響しているか、などが関わってくるので、より文化史は複雑になるだろう。近代の民俗学や方言学が考えてきたように、都の周縁には波状に、より古層の文化が保存されている、というような想定は難しくなるだろう。また、地誌や郷土史として孤立し、固有と見なされていた伝承や、類型にはめ込まれてしまった現象を、その時々のネットワークに組み入れる必要がある。これは実に大変な作業である。

 

大いに示唆を与えられるリンク。

somosora.hateblo.jp

辰砂の考察をされていることを先日初めて知った。

homepage1.canvas.ne.jp

 

The Beatles(White Album)偏向的完全ガイド

 ザ・ビートルズザ・ビートルズ――通称ホワイト・アルバムは2枚組(アナログ盤では4枚組)のアルバムである。曲数がやたら多いせいで、1枚にまとめきれなかったのか、オレならこの曲を抜く、という議論がたびたび起こる。「ビートルズに捨て曲無し」の立場を貫く筆者は、こういう議論を見るたびにひそかに心を痛めてきた。

 

 ジョンの革新性、ポールの守旧性にクローズ・アップして論じるレビューも数多見てきた。音楽ライターが口をそろえて言うには、ジョンは前衛的な「悪い子」、ポールは伝統的な「いい子」の音楽だという。

 

 しかしそういうありきたりな通説は間違っている。あの66年から68年のサイケデリック・イヤーを経験し、薬物を大量に摂取し(噂ではメンバー誰よりもジャンキーだったという)、そのうえで「Ob-La-Di, Ob-La-Da」とか「Blackbird」とか「Honey Pie」とかが出てきて、子ども番組にも使われてしまうほどポピュラーになってしまったポール・マッカートニーは大変前衛的で「ワル」な音楽である。その上誰の曲にも口を出す。リンゴは一時脱退、ジョージの曲は大量に没という、ビートルズ崩壊の遠因ともなる危ういガキ大将、トラブル・メーカー的個性が発揮されるのがこのアルバムだ。

 

 逆に、ジョンは68年の革命の年になじめていない。インドの瞑想の師匠や参加者への愚痴(「Sexy Sadie」「The Continuing Story of Bungalow Bill」「Dear Prudence」)革命に参加するのかしないのかはっきりしない態度(「Revolution 1」)、公私さまざまなストレスの疲れ(「I'm So TIred」)が素直に現れている。中産階級に育ったのに「労働者階級の英雄」に仕立て上げられてしまったり、暗殺された挙句「愛と平和のシンボル」に祭り上げられてしまう後年の氏の苦悩を先取りしているかのようなぎこちなさを感じる。基本的にジョンの曲は時代を先取りするが逆らわない従順で「真面目」な曲であるため、つねに「これでええんやろか……」という自問自答が見られる(試しに、ジョン・レノンの曲が終わったあと「これでええんやろか……」とつぶやいてみてほしい。ポールの自信たっぷりの曲に比べてずっとなじむ)。

 

 とにかく、後期の楽曲になるにつれてジョン派、ポール派が互いの曲をけなすのは見ていられないのだ。還暦とか古希を迎えたオジサンやお爺ちゃんの「68年」の思い出としては、「保守的な」ポール曲と「斬新な」ジョン曲の対比として聴けばそれはそれでよろしい。私が提案するのは、「実はアヴァンギャルドで不遜な」ポール曲と、「実は真面目で控えめな」ジョン曲という視点で「ホワイト・アルバム」を聴いてみることである。アルバム中の似た曲を聴いてみればよく分かる。テメエの眼鏡でよく覗いてごらんよ(Looking Through The Glasses On Your Own)。

 

Back In the USSRYer Blues

共通点:同業者(ビーチ・ボーイズボブ・ディラン)の引用、彼女(リンダとヨーコ?)への呼びかけ

対比:気力

ワンポイント:リンゴが一時脱退してしまい持ち回りで録音し、スピードアップまで施した前者と、狭い物置で一発どりっぽく録音した後者。のちのゲット・バック・セッションにつながる(そして失敗まで予感させる)過渡期のロック・チューンである。

 


The Beatles - Back In The U.S.S.R. (2018 Mix / Audio)

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こういう直球なロックが好き⇒まずLet It Beを聞き慣らしてから、Please Please MeやHard Day's Nightに回帰する

Everybody’s Got Something To Hide Except For Me And My MonkeyとBirthday

共通点:盛大にやろうぜ!

対比:うるささの質感、歌詞の哲学性(笑)

ワンポイント:どっちも甲乙つけがたいキャッチーなリフ。

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こーいうグルーヴ感が好き⇒Rubber Soul、Revolverがおすすめ

I'm So TiredとWhy Don't We Do It In The Road?

共通点:瞑想のしすぎによる自暴自棄

対比:気力

ワンポイント:たぶんジョンとポール、どっちも相手の曲を歌いたかったのではないだろうか(I'm So Tiredは音源有り) I'm So TiredはTake7が好みなのでそっちを載せとく。

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途中でヤケクソになって妙にグルーヴィーなノリになるの、すき

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ダウナーな時⇒A Hard Day's Night、Beatles For Sale

Helter SkelterとHappiness Is A Warm Gun

共通点:時代を先取りする前衛性、癖の強いひねくれたラブ・ソング

対比:ごちゃごちゃの質感

ワンポイント:Helter Skelterはヘヴィーメタルだというのは正直言い過ぎかもしれないが、Happiness Is A Warm Gunはニルヴァーナっぽい、わかる。

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最終的なビートルズの到達点が聞きたい⇒Abbey Road

Wild Honey PieとRevolution 9

共通点:特徴的な歌詞(?)のリフレイン、前衛音楽

対比:曲の長さ

ワンポイント:Eldorado(迫真)

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Dear PrudenceとMartha My Dear

共通点:親しい呼びかけ、一見ラブソング

対比:呼びかける対象(人と犬)、ぎこちなさ

ワンポイント:どっちも途中の曲調変化と元に戻る温度差で風邪を引くくらい絶頂してしまうが、ポールの微妙にピーキーで攻めているロックアレンジと、ジョンの繊細かつ壮大なロックの展開の差を楽しめる逸品となっております。

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Honey PieとSexy Sadie

共通点:未練、曲調の気だるさ

対比:小細工

ワンポイント:ポールはわざとノイズを掛けたり、ミュージカルみたいな構成にする懐古的なヒネクレを見せるのに対して、ジョンはアンソロジーにもみられるように何回もジャムを重ね、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーへの失望をここぞとばかりに込めるのであった。それはそうと、ブライアン・エプスタイン・ブルースをデラックス版に収録しろよ

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この辺の後ろ向き感が好きなら、聴いてみよう⇒Beatles For Sale、Help!

 

 

The Continuing Story of Bungalow BillとRockey Raccoon

共通点:マッチョさを気取る男のヘタレ・エピソード

対比:ロッキーに寄り添う(っぽいが突き放してもいる)ポールとバンガロー・ビルをあざ笑う(かのようで結構自分に重ね合わせている)ジョン

ワンポイント:68年の価値観の変化で退潮しつつあった男らしさに、軟弱な牧歌的ラブ・ソングで知られたビートルズなりの反応。それはそうと、バンガロービルの一節、もともとポールが歌うはずだったというが、ポールが歌ったら歌ったでアンソロジーの「Your Mother Should Know」の冒頭ブチギレみたいになって、すごくイヤミだったと思う。ヨーコはヨーコでどうかと思うが、英断。

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BlackbirdとRevolution 1

共通点:メッセージ・ソング

対比:気力

ワンポイント:こうしたメッセージをグダらなく、隠喩でさりげなく込められるところにポールの力量がある。リンダやヘザー・ミルズとかとの動物保護や反捕鯨活動は、うーん……

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Ob-La-Di, Ob-La-DaとCry Baby Cry

共通点:童謡っぽさ(誉め言葉)ジョンが嫌いな曲

対比:苦心した末のダダスベり感

ワンポイント:どっちも時間をかけて録ったわりにはロック的ではなくファンの評判は悪い。オブラディ・オブラダはキャッチーでカバーも多いが。クライ・ベイビー・クライはピンク・フロイドっぽいリハーサル・テイクの方が個人的に好きだが、後ろにCan You Take Me Back?およびRevolution No.9が続くアルバムには馴染まないだろう。

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変なカウントを入れることで定評のあるジョンだが、ここではI Am The Walrusっぽいカウントを入れている。もしかしたらリバプール時代の囃子唄だった元ネタに近い?

 

こういう世界観が好み⇒Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band、Yellow Submarine(ジョージ・マーティンの劇伴付き!)

Mother Nature's SonとJulia

共通点:インドに行ってすっきりしたアレンジ

対比:歌詞の韜晦さ、素直じゃなさ

ワンポイント:Mother Nature's SonはChild Of Nature(Jealous Guyのデモ盤)に触発されたのだろうか。しかし、なぜグッド・ナイトは自分で歌わないのに、ジュリアは歌うんだ?

 

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Good NightとI Will

共通点:サイケデリック・イヤー、サマー・オブ・ラヴを通過したこっぱずかしい正統派な「愛」

対比:羞恥心、軽さ

ワンポイント:All You Need Is Loveの後に家族に「愛」たっぷりの子守歌をぶち込むジョン(リンゴに歌わせたが)。とかく移り気な「ラブ・ソング」に拘る(Maxwell's Silver Hammerとかやべーのも書くが)ポール。堂々と歌えるかがこのふたりの根本的な違いである。

 

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Dear Prudenceといい、Juliaといい、このリフ乱用されすぎでは?

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Glass OnionとCan You Take Me Back?

共通点:意味深な歌詞

対比:独立曲かそうでないか

ワンポイント:ここに来て最後の最後でポールの曲が足りなくなった。ロス・パラノイアスも、ステップ・インサイド・ラブも、ダウン・イン・ハバナも、ジョージ抜きの年長組ジャムセッションの楽しさが伝わってきて非常によろしい。グラス・オニオンからは、マザー・グースルイス・キャロルにドハマりし詩集まで出したけど、素直に伝統的な曲を作ることにためらってしまう、素直なジョンのポールに対する複雑な思いが伝わってくる。

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こういう実験的なの好き⇒Magical Mystery Tour

ジョンとポール、お前らホントは仲エエやろ!(68年時点)

 ビートルズ神話としては亀裂と不和の始まりとしてとらえられがちな「ホワイト・アルバム」。しかし、メンバーの大半が10代からの顔なじみで、5年ぐらい一緒にライブをやって、さまざまなアプローチでアルバムを完成させてきたバンドが、東洋人の前衛芸術家のオバハンがたった一人入り込んだくらいで崩壊するだろうか。

 

 これがビートルズの崩壊というのならば、ライブをやめてスタジオ作業に打ち込み始めた「サージェント・ペパー」も、その契機となった前衛的作品「リボルバー」も、「ヘルプ!」や「ア・ハード・デイズ・ナイト」といった映画用のオーバー・ワーク気味作品も、さらに言うならジョンが喉をつぶすまで半日でレコーディングを済ましてしまった「プリーズ・プリーズ・ミー」だって崩壊の序曲と言えるのではないだろうか。

 

 ポールが自分勝手にセッションしたり、ジョンがある意味生真面目で自省的、優柔不断であるのも、56年の彼らの教会のギグの出会いから兆していたもので、双方十分わかっていたのではないだろうか。

 

 むしろ深刻だったのは、ポールとジョージの間のエゴのぶつかり合いで、ジョンが殺された後くらいまで関係が修復しなかったくらいの生々しさが、「ホワイト・アルバム」には刻み付けられている。クラプトン参加の佳曲「While My Guitar Gently Weeps」は、ポールにギターの邪魔されんためならクラプトン呼んだる!という悲痛なむせびが歌詞の外にもにじみ出ているし、「Piggies」の社会批判はわざとポールっぽくアレンジすることでポールにも向けられているような気がする。

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 「Long, Long, Long」はわざとうるさいヘルタースケルターの後ろに置くことで被虐感が増しているし、「Savoy Truffle」はストレスでチョコが手放せない心の闇を克明に映し出している。ジョージの曲は全体的に不憫であるが、アビー・ロードの「Something」「Here Comes the Sun」での存在感、そして「All Thing Must Pass」の煌めきを予告するかのような粒ぞろいである(それでも結局、My Sweet Road騒動でケチが付くのは本当に不憫だ)。

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ジョージのイライラを追体験する⇒Let It Be、Abbey Road

 リンゴの「Don't Pass Me By」はポールに向けられたイライラ・ソングとしては「ジェントリー・ウィープス」に匹敵する佳作だが、現行盤ホワイト・アルバムにおいては異質で、不完全な曲である。もともとアンソロジー3の冒頭インストゥルメンタル曲The Beginningとつなげられる予定で、当初の構想は2018年のデラックス盤で聴くことができる。

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 Youtubeのコメント欄にあった、「ムーディー・ブルースっぽい」という評価は的を射ている。この曲はこのアレンジによって「完成された」と言っても過言ではない。シングル曲でYou Know My Name(Look Up My Number)をB面にリリースしたら、売れるかは知らんが、カルト的な支持を集めただろう。

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 のちの「Sun King」がフリートウッド・マック丸パクリといわれるように、革新的と言われがちなビートルズも、同時代の音楽とさほど離れているものではない。しかし、「ホワイト・アルバム」に「ムーディー・ブルース」っぽい曲が挟まるのは異物混入、違和感があるのだ。冒頭のストリングスを没にして、この種々雑多なホワイト・アルバムに浮かない程度に紛れ込ませたのは英断だったかもしれない。

 

 とりあえず、通説のビートルズ神話では、不和の始まりとされるホワイト・アルバムであるが、近年「アビー・ロード」期まで解散する気はほとんどなかったと覆りつつあるように、音楽性の違いに苦戦しながらもこれだけの多様な音楽を「68年に」発表できたことを評価し、楽しんで聴くべきではないだろうか。

名誉フェロー号 授与について

ご愛読の無識者(むーしきしゃ)の皆様

 

 ツイッターでも告知しましたとおり、この度マツノヤ財団 知域総合人文学研究所は名誉フェロー号を愛読者全員に授与しております。

 

 無料、無制限、無駄の三無がそろっており、特典としてこのブログ及びnote、pixivの無料購読権、コメント権、拡散権およびネーミング・ライツ(後述)を付与いたします。

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 無料で名誉研究員のポストが得られることはメリットでしかありません。まず、稲盛財団など、ごく少数の富裕層や教祖にしか満たせなかった名誉欲、自己顕示欲が満たせます。さらにもし皆様が不祥事を起こしたとしても、論点を「研究所の不祥事、自浄作用」というごくありふれた問題にすりかえることができます。これはささいなことで炎上や対立煽りが起こる昨今において、きわめて有効なリスク・ヘッジとなること請け合いです。

 

 ほかにも名誉特別研究員、名誉特任研究員、名誉理事、名誉草履とりなどのポストをご用意いたします。また、オーダーメイドの役職をおつくりいたしますので、何なりとお申し付けください。

 

 ネーミング・ライツについては、購読し、スターやコメントなどを付けていただいた方のために記事を献呈する(記事タイトルの後ろに「●●協賛、記念」などを表示)ことを企画していますが、企画倒れになる可能性もあります。ご了承ください。

 

以上

 

2020年6月3日 緊急理事会にて採択

 

知人研所長兼(以下略) 松屋汗牛