マツノヤ人文学研究所

独断と臆見による人文学研究と時評

れきし

文化圏研究叙説

歴史研究は時代の鏡である。研究者は周囲の環境から何かしら影響を受け、みずからの研究が歴史という大河に「一石を投じる」「波紋を広げる」ことを願う――世の中の関心に少しでも寄与できるように、みずからの得た知をフィードバックしようとする。 しかしな…

辰砂:文化と知識のネットワーク

空海と水銀、鍍金技術の関係 丹生明神……水銀 虚空蔵加持……黒雲母、ウナギのタブーと「ヲ」を持つ蛇のアナロジー 尾張-美濃‐近江‐山城-丹後:辰砂文化圏と 大和-葛城(生駒)-和泉-紀伊(熊野)-伊勢:辰砂文化圏との、 平安期における統合 その前段階として…

辰砂の社会文化史・試論――平城京と平安京を例として

この記事は前の万葉歌謡史の補完のようなものである。 matsunoya.hatenablog.jp matsunoya.hatenablog.jp どの国のどの文化もほとんどは「伝統」「慣習」「古典教養」として農耕文化を基礎としている。ヘシオードスやウェルギリウスの農耕詩、中国の詩経、そ…

ネオ河童駒引考:文明から文化圏へ

ステマとかじゃない不要不急な読書レビュー。 さいきん若尾五雄の「物質民俗学」にハマってしまった。日本各地のさまざまな伝承を、金属加工や治水技術と結びつけて研究するスタイルで、真弓常忠の「日本古代の鉄と神々」や、佐藤任がインド密教と錬金術を結…

反寓話攷:近代精神の解体(草稿)

現代社会において、精神と物質、経済と宗教の溝は根深いように見える。しかし実はこれらは表裏一体なものであって、本研究所でもそれに絡めて「有用性」と「消費」に一度論じたことがある。 matsunoya.hatenablog.jp 精神も物質も一種の「かたる作用」の所産…

生の終着としての道具と道具への執着としての生(フェティシズム)

「史実」とはいったい何を指すのだろうか。考古学的な発掘がすなわち歴史的な実在を証明するのだろうか。科学的な年代測定で有史以前の世界を描くことが出来るのだろうか。多くの論考は「史実」かどうかに拘るが、その拘りの淵源を追究する研究者はあまりに…

有用性と消費、そして聖性についての考察

「人類学」的な思考で歴史や社会をごたまぜにして文化を論ずるのはあまり好みではないのであるが、すこし論じてみたいテーマがある。ゆくゆくは共時性や通時性を考察しうるものではないかと思うのだが…… 近代科学はおもに近世ヨーロッパの貴族、商人や地主た…

伝説リバイバル考:十二支アイヌ語説

畑中友次『古地名の謎(近畿アイヌ地名の研究)』(大阪市立大学新聞会)を読んでいる。 昭和32年の本で、コロポックル先住民説や日ユ同祖論などが平然と出てくる。ともあれ、既存の近畿地名と北海道地名を対照させながら、そこに共通の地形的命名法を見いだす手…

伝説リバイバル考:太子/大師信仰と劇、そして「ミトラス」

聖徳太子と秦氏の関係、そして秦の始皇帝やユダヤ教、ネストリウス派キリスト教との妖しげなかかわりについては、何冊もの本が著されてきたのでここではあえて論じない。いくら鎮護国家や律令国家、守護地頭といった体制が整えられたとはいえ、古代や中世に…

伝説リバイバル考:オオクニヌシと抽象化される暴力

matsunoya.hatenablog.jp これの続き。 matsunoya.hatenablog.jp そしてこれとも多少関連してくる。 邪馬台国の位置がどうとかいう議論もそうだが、「出雲神話」という観念にとらわれては、神話――芸能と信仰の渾然一体としたもの――を一読者の視点からどうこ…

伝説リバイバル考:お菊・皿屋敷伝説

中世・近世の伝説は古代神話のリバイバルであるという仮説のもと、お菊さんで知られる皿屋敷伝説と、菊理媛≒白山明神の関係を夢想してみる。とんでもな推論かもしれないが。 中世の皿屋敷伝説の初見には、皿もお菊の名前も出てこず、鮑の盃、それも五枚のみ…

歴史総力戦主義について

表題は全くの造語で、歴史にたいするある種の硬直的で閉鎖的な態度、日本史は日本史として、東洋史は東洋史として、西洋史は西洋史として固定観念をもって歴史に取り組むことをさす。ありったけの文献や考古学史料、そして学生や研究者を総動員して、学問と…

客観的に仮構された時間としての歴史学

「構造」空間→時間→社会的関係群(社会集団、役職、共通尺度) 「意味」符合→強意→階層化および秩序化 古代や中世の歴史は解釈が困難である。それは物語と歴史が不可分であることも勿論ながら、そこに措かれている事象が多くの社会的関係群とかかわっているた…

芸能、マス・コミュニケーション、信仰、旅、災害、病

表題に掲げた語群は、太古よりこのかた社会的連関を保ったまま、各地で文化現象を、つまり「かたり」をかたちづくっている。 従来多くの言語学は、おもに構文や発話行為といった「国家語」「民族語」の研究をしていても、その「かたる」対象ははなはだ空想的…

作品というまやかし

物語は古今東西どこにでもある現象である。あるできごとやものの由来、そして顛末についての知識を共有することは、共同体にとって不可欠な事柄だ。そうした知識を確かにし、共同体の在り方が安定することにより、物語自体を楽しむ、という生活様式が生まれ…

書くこと、欠くこと

おおよそ研究や論考というものは、文字で伝えざるを得ない。くわえて「教える」という現象は、現代ではほぼ文字を介して情報を受け取り、発信することに特化してしまっている。 文字をもたない文化が、はやく文字化されることが求められ、ソーシャルネットワ…

歴史を説明するのはむずかしい

専攻している分野を他人に説明するのは難しくて仕方がない。 とくに歴史については、自説の(とりあえずの)着地点を、学説史と話すあいての歴史観とを重んじつつ伝えなければならないので、たいてい失敗してわかりづらいものになってしまう。 たんに歴史の話…