マツノヤひと・もよう学研究所

独断と臆見による人文学研究と時評

Now and Then、または或るバンドのデビュー・シングル

――61年前、デビュー・シングルのセッションを失敗した或るバンドがいた。

 

デモ・テープを作ったもののレコード会社を盥回しにされ、窮屈なバンに押し込められながらイングランド各地をギグして回る日々。やっとのことでコミックソング専門のレーベルに拾われセッションにこぎつけるも、ドラマーは力量不足で解雇。以前ハンブルクで共演したことのあるドラマーを加入させるも、レコード会社はセッションミュージシャンを雇い、シングル用に用意した曲を歌わせようとした――

 

しかし奴らは自分たちの曲を歌わなきゃ気が済まないらしい。しぶしぶプロデューサーはその要求を呑む。しょうがないので新入りにはタンバリンを叩かせた。

 

もうアメリカでもポップスはフィル・スペクター、計算ずくの「音の壁」の時代だ。ロックンロール、ましてやスキッフルなんて流行らないし、自分たちの曲を演奏しようとゴネるそんなバンド、売れるわけがない。テープはとっくの昔に捨ててしまった。その上アルバムを作りたいだって?マネージャーが色々手を尽くしラジオ局や雑誌に売り込もうとしているが、鬱陶しい。1日だけスタジオを使わせてやろう。レコードジャケットなんかレコード会社の中庭で撮ればいい。

 

どんなにライブで歌おうがスタジオに籠ろうが、誰も奴らの音楽を聴くことはない。どんな所にいようが、奴らはファンに囲まれ、一挙手一投足がマスコミに報じられるけれども。弦楽器なんか使って、日頃クラシックしか聴かない上流階級や眉を顰める親御さんたちに媚びようたって無駄だ。政治体制や宗教に口出しして、薬物に手を染めたって、誰もお前らの曲なんか聴いちゃくれない。レコードや雑誌を捨てて、忘れたころにまた新しいのを買うだけさ。

 

聞くところによると、また奴らはしくじったらしい。相変わらずスタジオでだらだらと何やら演奏しているみたいだが。白黒テレビに映るクリスマスのTVスペシャルの出来なんて最悪だった。どんなにカラフルな服を着て愛を歌っても、自分たちのマネジメントなんて出来っこない。インド行もアニメ映画も、ライブ活動再開も失敗、アルバムができる一部始終を映画に撮ろうとして結局お蔵入り。あーあ、最後は喧嘩別れか。

 

もう一生遊んで暮らせる金も手に入っただろうに、何をそんなに自分の曲を歌いたいのだろう。著作権訴訟に巻き込まれる奴ら、未練がましくバンドを作る奴ら……音楽稼業に嫌気がさしてニューヨークに雲隠れしていた奴も、テープレコーダーに一生懸命何かを吹き込んでいる。手を握りあって喜ぶような歳でもなくなったのに、一体なにが欲しいのだろう。金で買えない本物の愛、鳥のような自由、そして、それから?

 

年月は過ぎ、一人、また一人とメンバーがこの世を去る。残りの奴らはどうにか自分たちの曲を作ろうと、デモやらアウト・テイクをいじくっては何とか音楽チャートに載せようとする。どれだけ「最後の曲」が発表され、どれだけ「5人目のビートル」が死んだことだろう。

 

気づいてみれば、遠い遠いインドまで七つの海を支配した大英帝国ももうないし、拍手の代わりにダイアモンドをジャラジャラ鳴らした可愛い女王様ももういない。エルビスもチャックベリーもカールパーキンスもリトルリチャードもいない。ウクライナの女の子がバラライカを踊り、「我が心のジョージア」を歌いたくなるようなU.S.S.R.も、跡形もなくなってしまった。

 

それでもなお、奴らは自分たちの曲を歌わなきゃ気が済まないらしい。60年前にデビューを「試みた」バンドが、四半世紀以上前に投げ出した曲をレコーディングし直した。Youtubeに氾濫するブートレグやAIカラオケにイラついたのかもしれないし、あるいはまったく聴きもしないのに偉そうに「過去の社会現象」「歴史的な革命」として神話化して金稼ぎするクソ野郎どもに、目に物見せてやりたいのか。もしかしたらしたり顔のローリング・ストーンズを「サージェント・ペパー」の時みたいにまた挑発しようとしているのかもしれない。

 

お望み通りの、自分たちの曲を歌ったはずの「デビュー・シングル」に満足できなかったバンド。2人もいたはずのギタリストがもう居ないのに、そして残るメンバーが80歳をとうに超えたというのに、ご機嫌なベーシストが相変わらず音頭を取って無理やり周りを巻き込んだらしい。時計の針が80年で止まったままのボーカル、これほどまでに厄介なバンドを抱えた親の仕事を引き継がされる息子のオーケストレーション、「60年経ってまだこれか」とドラムスのボヤキが聞こえてきそうなタンバリンの余韻を残し、ヘルター・スケルターな「新曲」は終わった。

 

ジョン・レノンポール・マッカートニーが自ら作詞作曲した音楽をヒットさせ、数々の神話と#1を作り出した「ザ・ビートルズ」。Now and Thenには彼らの栄光と愛すべき失敗の60年が刻まれていたし、彼らファブ・フォーは本当に聴いてほしかったLove Me Doのステレオミックスを引っ提げて、今日晴れてデビューが出来たのだ。

 

今ここにはいないだれかに、音楽を聴いてもらうため。

 

「グループを代表してお礼を申し上げたいと思います。私たちがオーディションに合格していることを願っています」