マツノヤひと・もよう学研究所

独断と臆見による人文学研究と時評

研究、あるいは広げすぎた大風呂敷

 雑多な分野に手を広げすぎたせいで、研究の全体像がぼやけてしまっている。

 

 はじめは井本英一が記録したオリエントやヨーロッパのさまざまな伝承と、吉野裕子がまとめた陰陽五行説による農耕儀礼の比較検討が目的であった。犬をいけにえにしたり、死者の使いとして忌み畏れる風習はよく似たものがあるが、その土地を支配する道教陰陽道であったり、ゾロアスター教にあわせて、また言語によるこじつけもあり解釈が異なっている。これらにおそらく共通したのは、天文知識による季節と気候の把握が、「呪術」として幾何学化、法則化されることで、一種の「精神」と呼ばれる解釈の体系のことなりを生み出してきた、という仮説をたてた。災害や兵乱への恐れが、地の境界となり、やがて知の境界を作り出してきたのだ。

 

 そのうちに、佐藤任のインドの錬金術や、若尾五雄の鉱山や鍛冶伝承との出会いがあった。柳田国男折口信夫の「農耕社会」よりの民俗学に異を唱えた若尾の論考は、畿内や中国、九州をテリトリーとした鍛冶集団や土木集団の、神仏の信仰が根付いた知の拡がりを示唆している。銅の精錬や水銀アマルガム鍍金による奈良の大仏造営が、彼らの政治的な影響力を強めたことは言うまでもない。

 しかしそれは、度重なる政変と道鏡の専横、桓武天皇平安京遷都を境に、いわばバブルのような危機をもたらすことになった。空海による密教の伝来、水銀を用いた霊薬の知識(を模倣する祭祀儀礼)が、こうした集団に歓迎されたのは間違いない。長い年月をかけて、太子信仰、大師信仰として、あるいは地主神が神仏にその土地をゆずる中世神話として醸成されていくこととなる。神自体が出家してしまった八幡神は、武士の崇敬を集めることとなった。

 

 古よりご神体とされた山々や墳墓に沿って神仏が鎮座し、そこに巡礼路が開けてくる。農耕民ばかりでなく、商工業者も通過儀礼として、自集団の存在を神仏と関連付ける必要があった。西欧の聖人崇敬や修道会が、農耕歳時ばかりでなくケルトギリシア・ローマ、オリエントから金工技術を守り伝えていたように、神仏習合もまた採鉱や鍛冶と不可分であった。金工を事としたベネディクト修道士テオフィルスや鍛冶師が罪人を責めさいなむ地獄を語り継いだベネディクト修道士マルクス、シトー修道士ヘンリクスとよく似た世界がそこに展開している。

 「かたり」という芸能へと変化しつつあった高野聖陰陽師神職たちの信仰世界は、地獄や不具者の苦しみ、戦や恋愛の欲望をうたう物語、そして歌と切り離せない。「うた」を解釈し語り継ぐことは、季節の変化やそれにともなう幽玄な景観をかたりとどめることでもあった。死や禍災といった異界と隣り合わせの、「境界」に位置するこれらのことばは、土木や冶金を事とし、恐れられたノマドの民とともに記憶される。その異形性は、西行柿本人麻呂和泉式部にしばし仮託された。

 

 そのバックに位置する神話の知、および道教や西洋神秘主義にみられる昇天、昇仙などの類型は、やはり天文学や土地の造成、測量とリンクしている。漁民の用いる「山アテ」や、風水で唱えられる陵墓選定のための「堪輿」、そして十二星座や二十八宿、歳陰の動きをもとにした十二支などの伝承は、科学的な測定のなされた暦法にもはや疑いをもたない近現代においては占術や呪術という余興に捉えられているが、以前は天文観察のための切実な技術であった。

 星を偉大な祖霊になぞらえ、またその真下に墳墓として先祖を埋葬する(と信じる)ことは、王権の成立基盤であるといっても過言ではない(またへそ石や陰陽石といった境界を通じ、大地の胎内に宿ることは、穀霊や山霊として再生し子孫に恵みをもたらすことに必要であった)。源平藤橘などの出自を重んずる氏神氏寺への巡礼や、あるいは西欧のヒラムや親方ジャックなどを奉ずる密儀は、また物部(もののふ)や修験道者に近い存在であった武士や流浪の職人たちに結束や安定をもたらす儀礼であった。

 

 産業革命による機械化がすすみ、身分秩序からの解放がうたわれた近代以降は、これらの崇拝は消費社会によって失われた精神の復興、国民や民族への再編過程として解釈が行われた。多くがあらたに文字化されより幅広い人間に共有されたという点では、目覚ましい成果だったといえるかもしれない。しかし極度に細分化された学問と、科学と精神の深刻な「乖離」は、世界大戦を引き起こし、今なお人文学や宗教のサブカルチャーへの落魄という新たな火種を生んでいる。過度な神秘主義ではない、また現代を批評できない科学万能主義でもない、かつて1000年以上維持されてきた社会の見直しとしての人文学へのアプローチを、研究を通じて行っているつもりである。

 

 そして、たぶんこんな感じの書物が出来上がる予定である。

 

■「唯劇論」
 ○テーマ、生と死のあいだに
 ○他者の修辞学
 ○トリックスターの表象/投影される権力の起源
 ○区切りとしての起源譚/引用しあう説話群
  アレクサンドロス大王と説話群の攪乱
  オリエント・ヘレニズム・インド・シルクロード
 ○公共圏、精神、文学の「かたり」と看過される「境域」
  マクロな歴史とミクロな歴史
■古墳と古代中世技術史
●土木治水にたいする人びとの畏怖
 ○境界と鬼、悪魔
 ○神仙思想・陰陽五行の影響
  牛頭天王と宿曜
  ケルヌンノス
  黄道十二宮・月宿・十二支
  要衝としての播磨
●技術継承の場と巡礼・秘儀
 ○猿楽・狂言と中世神話
 ○天文学と冶金文化……盲目と邪視
 ○聖域と祝祭……日常の淵源としての生の浪費
  源平藤橘と親方ジャック
  詩における欲望の表象と巫覡……興
  歌謡と呪術
  軍記語りと穀霊
  半月・半年ごとに繰り返すこよみ
  冬至夏至春分秋分
  上社・下社の対応(附・山アテ、堪輿
  六角と八角
 ○煉獄にかんする一考察……後景の鍛冶・硫黄
 ○技術の維持のための信仰・占術・呪術
●冶金伝承
 ○石…凝灰岩と花崗岩
 ○水銀朱とアマルガム(鉛)
 ○ブロンズ(錫)
 ○鉄(チタン・マンガン
 ○金・銀